MAmeeの雑記伝

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PTSD(心的外傷後ストレス障害)と家庭内の児童虐待について虐待の体験をもとに考えてみる

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こんにちは。MAmeeともうします。

心的外傷後ストレス障害(しんてきがいしょうごストレスしょうがい、Post Traumatic Stress Disorder、PTSD)は、命の安全が脅かされるような出来事(戦争、天災、事故、犯罪、虐待など)によって強い精神的衝撃を受けることが原因で、著しい苦痛や、生活機能の障害をもたらしているストレス障害である[1]

引用元: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』                    

 

ここ数年で「PTSD」という言葉がだいぶ知れ渡るようになりましたね。

このような事案があることは悲しいことですが。

多くの人に知ってもらうことは今後のカウンセリングや、

潜在的に悩んでいる人たちに寄り添うためには必要なことなのだと思います。

 

この記事では、あくまで僕の身近な体験をもとに

僕個人の視点で、PTSDを取り上げていきます。

 

突然な自分語りですが僕は6才くらいの頃、おそらく虐待と呼ばれる事を

父から振るわれていました。

 

「おそらく」というのは、虐待かそうでないかの線引のようなものは

いったいどこにあるのか、今の僕自身が自信をもって言えないからです。

 

僕の場合大人になるにつれて、「昔こんなことあったな」と今では

楽観的にとらえています。

 

でも矛盾していることに、その時されたことで感じた困惑や葛藤、怒りは

大人になった今でも思い出して感じることができます。

 

宿題をやらずにいたら筆箱の角の金具部で頭を殴られ出血し、

すごく痛かったけど父が嫌いじゃなかったのか、病院では「階段から転んだ」

と説明にならないくらい泣きながら言ってたこと。

後日頭にアミみたいな包帯を巻いたまま学校に行きからかわれたこと。

 

父のフィギュアを接着剤でくっつけて乾かしているところを取ってしまって

何度か踏みつけるように蹴られたこと。痛みより悲しいほうが大きかった。

 

シラスがかわいそうで食べられない時期があって、残したらベランダの窓ガラスに叩きつけられ、割れたガラスで親指の付け根を深く切ったこと。

大人になった今でも傷が残っている。

 

夜に外に締め出されて、泣きながらどうしたらいいかわからずに

その時なぜそうしたのかはわからないけど、気づいたらお向かいさん家

の玄関先に立っていて、優しく家の中に招き入れてくれた。

ベタだけどホットミルクを飲ませてくれた。その時牛乳は温めると

膜が張るって教わった。

 

子供のころの記憶なんて正直全然覚えてないが、こんなことは

よく記憶に残っている。

妹には暴力的な一面を出さなかったのだけは父の救いな面だったかも。

 

その後、父の暴力が原因で両親は離婚し。

母方の実家に母と妹と引っ越し、女手一つで社会に送り出してくれた。

 

多分僕の場合は早い段階で母が環境を変えてくれたことがよかったんだと思う。

自己診断だが、PTSDに該当するような症状を抱えずに生活することができた。

 

でも、今思い起こすと引っ越し後子供の頃によく見ていた夢がある。

 

人か何か分からないような、とにかくものすごく大きい物が頭の中に響くくらい

に「ガーーーン!!ガーーーン!!」と大きな音を立てて迫ってくるような。

上から押さえつけてくるような。

ひたすらそんな夢を見て夜な夜な泣きながら起こされることがあった。

 

関連付けようとしたらいくらでも結びついてしまうが。

今思うと、幼い僕の中にあった何かのサインだったのかもしれない。

 

ともあれ今の僕は、冒頭で書いたようにその事を楽観的に過去として捉えている。

 

でももしかしたら。

当時の痛み、葛藤、悲しみ、不安、怒り。うなされた悪夢。

これらを今でも鮮明に記憶していること自体が心的外傷なのかもしれない。

虐待の線引きが僕の中であいまいになっているのもある種の自衛なのかもしれない。

僕には判断がつかないことだ。

 

結局、「昔あっての今の自分だ」と大人になった今楽しく生きている。

 

だが、「時間が解決してくれる」なんて無責任なことは決して言えない。

僕はただ運が良かったんだと思う。

 

これまで書いてきた僕の体験はあくまで過去として捉えてる人間

書き起こした一例でしかない。

 

現在進行形で「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」抱える方たち。

そしてその起因となる「児童虐待」にさらされている子供たち。

 

たった今この瞬間、人に言えず内側に押さえ込んで閉じ込めている。

そんな孤独な戦いに身を投じなければならない苦痛は当人にも言い表せない

程だろう。

 

僕が思うのは結局のところ、

個人に対して誰かの悪意で生じた結果は。当人同士での解決は難しい。

第三者的視点の誰かが強行策を講じないと現状が変わるはずない。

孤立させ成り行きに立ち向かわせる事はあってはならない。

 

家庭内の虐待にについてもっと言及すればいろんな原因が出てくるだろう。

でも、子供に手が及んだ時点でもう原因の深堀りをしている猶予はない。

 

僕はそう考えます。

 

後戻りができない状況になってからでないと赤の他人が

家庭内に干渉することは難しいのが日本の現状でしょう。

 

でも手遅れになる直前には人命優先という大義名分がついてくる。

 

その最終防衛線が守れないなら、日本の未来を憂うばかりです。

 

というのが虐待被害者であり、一児の父の僕の見解だ。