定期的に世を騒がせる「バカッター」。
ニュースを見てみるとアルバイトやまったく関係のない人たち。
ネタの標的になる事柄に、普段通り生きていれば社会的責任を問われないような人たちばかり。
なんでそんな彼ら、あるいは僕たちは何もしなければ責任を問われることがない安全圏にいながら事案を起こし、ましてや発信してしまうんだろう。
そもそもの話、危険予知のできないというか、道徳的な盲目というか、そういう個人の行動や思想を世界中の不特定多数に簡単に発信できる技術が悪いのか。
はたまた、発信が容易な仕組みが悪いのか。
オーディエンス(目撃者)の多さが地位や名声なんだと誤認識している少数の人間が悪いのか。
メディアが事の重大さを伝えきれていないのか、ウェブとかそういう仮想空間の認識が日本は遅れすぎているのか。
原因を考え出したらキリがないくらいだ。というかもはや何が原因なのか特定して対策を講じるには、もう映画「マトリックス」みたいに個人個人の意識を管理するしかない。
けどそれはあんまりに空想的だし、あんまりに非人道的な気がする。
率直に言って優しくない。僕はサザエさんやアンパンマンみたいな優しい世界が好きなわけだから。
今後、企業どころか各業界の営利に関わる「バカッター」の半ば「テロ」的な悪ふざけは暴力こそ行使しないものの、その悪質さや件数は増していくんだと思う。
というか「バカッター」の行動が具体的な目的をもって、それが組織的な悪意を持ち始めてしまったものが「テロリスト」と呼ばれるのかもしれない。
そう考えると「バカッター」なんて親しみのある呼称で面白おかしくとりあげている場合でもない気がしてくる。
とはいえ僕にできることは何もないわけで。
とりあえず、真面目に商売している方に存続に関わるような甚大な損害を与える「バカッター」の更生や。
自己の責任を取れず身近な人達に多大な迷惑をかけるような将来の「バカッター」をこれ以上増やさないために僕が考えつくようなことは。
「マーケティング」の徹底的な教育がいいんじゃないかと思う。
今も「社会科」「公民」「経済学」で題材にはなっているだろうが、全然伝わっていないんじゃないんだろうか。
甘っちょろい話、市場の「調査」をし「製造」を行い、「輸送」・「保管」・「販売」から「宣伝」。
これほどの工程を、どれほどの時間とお金と労力を費やしているか。
「バカッター」と呼ばれる行為が瞬間的なものでも、被害を受けた場所はこの工程すべてに疑惑の目を向けられてしまう。それがどれほどの損害か。
ちゃんと理解を深めれば、「バカッター」の抑止になるんじゃないかと思う。
反面、突かれると弱い部分も露呈するだろうけど‥‥
ここまで「バカッター」について考えてきたけれど。
なんか、「バカッター」はきっと身の回りに置き換えられる気がする。
仕事上でやらなければトラブルが起きる危険性があると知りながら、それを忙しい・よく知らないと言って怠って、あまつさえ関連する部署や人物に報・連。相を行わない。
「バカッター」とは内容がすべて真逆ではある。
仕事上でやってはいけない事を、事の重大性を知らず、退屈だったからと言いやってしまい世界中が見ているSNSに発信してしまう。
内容は真逆だが、人様に迷惑をかけるというところだけはおんなじだ。
こう関連付けてみると、僕も日ごろの行いを見直そうという気持ちになる。
「バカッター」は許されない行為だけど、自分を戒めるニュースではあるな。